- 空き家の損害賠償の判例を紹介
- 隣の空き家が迷惑で損害賠償請求は可能なのか
- 受忍限度が認められれば慰謝料の請求が可能なケースもある
空き家の損害賠償の判例
空き家の放置や悪臭等が損害賠償の対象となる違法行為にあたるかどうかという点の判断基準として、過去の裁判例の蓄積により受忍限度の法理が構築されてきました。
端的に言えば法律的に受忍限度を超えると判断された場合には民法上の不法行為に当たり、損害賠償が可能となるということになります。
慰謝料としての損害
受忍限度を超えたかどうかについて争われた裁判例は数多くあります。
争点としては、行為の内容とそれによる被侵害利益の有無というところですが、損害賠償請求を認容した事例のほとんどは、慰謝料としての損害を認めたものです。
違法行為により被った健康被害や生活権侵害などに対して、実際に要した治療などの実費の他に精神的な損害としての慰謝料の支払いを命じるというものです。
不動産価値の下落を損害として認めた事例
不動産価値の下落を損害として認めた事例としては、大阪高裁の平成15年10月28日判決(判例時報1856号108頁)が挙げられます。
この判決では、高層マンションが建築されたことにより近隣住民が風害を受けるようになったことに対して、近隣住民が高層マンションを設計施工した業者に対して損害賠償を求めた事案で、不動産価値の低下を損害として認定して、請求を認めています。
その認定の手法としては、不動産鑑定士らの鑑定意見を参照したうえで、バブル経済崩壊などのその他の価格下落に与えた要因として認められる価格下落割合を控除して、環境の変化による物件価値の下落額を認定しています。
隣の空き家が迷惑で損害賠償請求はできるのか
空き家から悪臭が出ていたりして迷惑を被っているのだから、損害賠償できるのではないですか?
実際はそう簡単には損害賠償は認められません。その空き家の所有者には所有権があり、所有物である空き家をどうするかというのは自由に決められます。ですので、ゴミ屋敷のような状態であっても、それはその所有者の自由ですので、基本的には違法行為とは言えません。
損害賠償を請求するには、法律的には民法上の不法行為(709条)が成立することが必要になります。
不法行為の要件は、故意・過失による違法行為とその違法行為による損害の発生です。本件のような空き家問題については、基本的にはその所有者がどのように空き家を保管するかは所有者が自由に決められるため、違法行為というのは難しいのです。
また、損害の発生についても、その空き家の存在による物件価値の低下というのは立証が難しいというハードルもあります。そのため、一般的に言えば、損害賠償請求は難しいといえます。
では、空き家の近隣の人たちは我慢するしかないのですか?
その点は難しいところですが、通常の一般人としての我慢の限界、これを法律上は受忍限度と言いますが、この受忍限度を超える場合には民法上の違法行為にあたり、損害賠償が認められる可能性もあります。
判断のポイントとなる受忍限度とは
損害賠償が認められる前提となる、「受忍限度」とは何ですか?
受忍限度とは、これまでの裁判例により構築されてきた法理です。簡単に言えば「我慢の限界」ということですが、実際にはその判断は難しいです。
受忍限度を超えるものについては、民法上の違法行為にあたるとされています。
ただし、この受忍限度を超えたかどうかという点については、これまでも数多くの裁判で争われてきました。
受忍限度を超えているかどうかの判断は難しい
どんな場合に受忍限度を超えていると判断されるのですか?
受忍限度を超えたかどうかの判断はとても難しいです。侵害行為の態様、程度、侵害行為による被害の程度などの様々な事情を総合的に考慮して判断されます。
受忍限度を超える違法行為と言えるかどうかは、過去の裁判例において、侵害行為の態様、侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性、侵害行為の継続の経過及び具体的状況、被害防止措置の有無とその内容、効果等の諸般の事情を考慮して判断されるとされています。
空き家をどうするかは所有者の自由
空き家の所有者に対して、近隣の人たちは何か言えないのですか?
原則としては何も言えません。自分が所有する不動産をどのように管理するかは所有者の自由ですので、周りの人がこれに対して何らかの法律上の請求をするというのは非常に難しいです。
原則として法律上、所有権には何ら制限はありません。そのため、所有者が空き家のまま建物を放置しておくことも自由にできます。
もちろん、建築基準法や当該地域の景観に関する条例など、法令で何らかの規制がされている場合には違法と言えますが、その場合でも違法に対して指導できるのは行政であり、近隣の住民から直接所有者に対して法律上の請求をすることは難しいといえます。
空き家の近隣の住民から空き家所有者に対して損害賠償を求めるためには、その所有者による空き家の管理が近隣住民にとっての受忍限度を超えており、違法であるということを主張しなければなりませんが、そのハードルは高いです。
受忍限度を超えると判断される場合とは
空き家などの迷惑物件と近隣住民との直接的な例ではありませんが、マンションにおいて隣室の住人が日常的に大音量で怒鳴りつけてきたりするなど、いわゆる迷惑隣人がいる場合。
そうした迷惑隣人が存することを知りながら、これを買主に告げずにマンションを売却したという事例において、売主には買主に対して迷惑隣人の存在を告げるべき義務があったとして損害賠償を認めた裁判例もあります。
これは角度を変えてみれば、そうした迷惑隣人の行為は受忍限度を超える違法なものであり、迷惑隣人に対して損害賠償を求めることもできるということを示しています。
では、実際にどのようなケースにおいて受忍限度を超えたと判断されるのでしょうか。
他人の権利を侵害している場合
一般論として言えば、具体的な被害が発生している場合には、受忍限度を超えたと言いやすくなります。
例えば、空き家からの悪臭により体調を崩すほどに至っている場合には、健康の権利が侵害されていると言いやすくなります。その場合は医師の診断書を取るなどして具体的に被害が生じていることを証明できるようにしておきましょう。
近所に空き家が存在することによる物件価値の低下は具体的な権利侵害と言えますか?
一般論としては、空き家の存在と物件価値の下落との因果関係と下落した価格を証明しなければなりませんが、その証明は非常に難しいです。過去の裁判例でも不動産価格の下落という損害を認めた例は極めて少ないです。
具体的な権利侵害が存在し、受忍限度を超えた場合には損害賠償が認められることになりますが、その認められる損害の項目としては、精神的損害を含めた「慰謝料」というものがほとんどです。
慰謝料は、裁判所が任意に決めることができるので認められやすいという側面もあります。
これに対して、物件価値の下落や転売したら得られたであろう利益等は、違法行為との因果関係と、その価格の算定という点において立証が難しく、裁判所が認めてくれる可能性は低くなってしまいます。
ただ、物件価値の下落を損害として認めた裁判例も存在しますので、絶対に認められないというわけではありません。
まとめ
基本的に所有者は自分の所有物件をどのように管理するかを自由に決められます。なにもせずに空き家のまま放置しておくことも自由です。しかし、民法では、受忍限度を超えるものについては違法行為に当たり、損害賠償の対象となります。
空き家のまま放置されることにより、倒壊のおそれがあったり、ぼやが度々発生したり、悪臭を放っていたりなど、近隣の人が具体的な被害を被っている場合には、法律上の受忍限度を超えたものとして慰謝料などを請求し、裁判所で認めてもらえる可能性があります。
ただし、空き家が存在することによる物件価値の下落が具体的な損害として認められるかという点については、その他の被害を認めてもらうよりもさらに難しいと言わざるを得ません。