- 認知症になった場合、不動産売却に委任状が必要?
- 本人以外が売却を進められる「成年後見制度」を利用するのが良い
- 成年後見制度は家庭裁判所の許可を必要としたり、利用するための一定の注意点がある
超高齢化社会といわれる昨今。現在65歳以上の高齢者の人口は3600万人以上と、過去最高を更新し続け、それに伴い認知症発症者・予備軍も増加の一途を辿っています。
そこで懸念しなければならないのが、家の所有者である親が認知症を患うケースです。
親が認知症を発症した場合、老人ホームの入居費用や介護費用の捻出が必要になることも考えられます。症状が軽度の場合は委任状での売買も可能ですが、有効な手段となるのが「成年後見制度」や委任状です。
この制度を利用することで、所有者本人に判断能力が欠如していても売却を進めることができます。
今回は「成年後見制度」について弁護士の観点から解説していきます。
認知症になった場合、不動産売却には委任状が必要?
意思能力がない場合の売買契約は無効
認知症発症によって所有者本人に意思能力がないとみなされた場合は本人単独ではその不動産を売却することはできません。
「意思能力」とは法律用語において「自分の行為によりどのような法律的な結果が生じるかを判断できる能力」を指しますが、不動産売却においては本人にこの意思能力があるかどうかが焦点となります。
意思能力があるかどうかは、どのように判断されますか?
具体的には不動産の移転登記時に司法書士が本人と面談を行う際に、本人の売却意思が確認できない場合は、意思能力がないと見なされ登記が実行されません。
しかし認知症にもさまざまな症状、程度があるため、意思能力があるかどうかを判断するには医師による判断が必要となります。
認知症でも重症に至るまで10年前後かかることもあるので、どれほど意思・判断能力が欠如しているかどうかは素人では判断がつきづらいものです。まずは、医師の診断書の取得を先決としましょう。
子どもが立ち会った場合も売却できない
また所有者本人の判断能力がないとみなされた場合は、たとえ所有者本人の子どもや家族が契約に立ち会ったとしても、その売却契約は認められません。さらに家族であっても名義人でない場合は法的に認められず、代理で不動産売却を行うこともできないのです。
しかし、もしも認知症が疑われる状態であっても医師により意思能力があるとみなされれば、通常通り本人単独で不動産を売却できたり「委任状」を用意することで子供が代理人として売却手続きを進めることも可能となります。
判断能力に欠ける人を保護する「成年後見人」
成年後見人の役割は「後見」「保佐」「補助」の3段階
認知症になってしまった親の家を親族が売却する必要がある場合、「成年後見制度」を利用して「成年後見人」を立てることになります。
この「成年後見制度」とは認知症や知的障害、精神障害などの理由で判断能力に問題がある人が不利益を受けないために、家庭裁判所が本人に代わって財産管理などを行う代理人を選任する制度になります。
「成年後見制度」には、すでに本人の判断能力が欠如しており、家庭裁判所により後見人が選任される「法定後見制度」と、現段階では判断力があるものの将来に備えて後見人を本人が事前に選任する「任意後見制度」の2つがあり「法定後見制度」では認知症の進行度合いに応じて「補助」「保佐」「後見」の3段階に区分されています。
「補助」では「本人の判断能力が不十分な状態」の人を法定補助人がサポートし、「保佐」では「本人の判断能力が著しく不十分な状態」の人を法定保佐人がサポート、そして「後見」では「常に判断能力が欠けている状態」の人を、法定後見人が被後見人の財産に関わる法律行為や契約に関するすべての事柄をサポート(代理)します。
法定後見人の候補となれるのは、どんな人ですか?
法定後見人の候補となれるのは親族や司法書士、弁護士、社会福祉士などの人達となり、最終的には家庭裁判所により選定されます。
ちなみに未成年者、破産者、被後見人に対して訴訟を起こしている人、またはその人の配偶者や直系血族などは法定後見人にはなることができません。
また「成年後見制度」は民法第9条において「成年被後見人の法律行為は、取り消すことができる」と定められており、意思能力のない本人による契約があったとしてもケースによっては成年後見人が契約取り消しを申し立てることで解除することも可能とされています。
不動産売買が無効になる場合とは?
成年後見人は本人の財産に関するあらゆる法律行為を本人の代理として行うことが可能ですが「居住用不動産」を売却するには条件があります。
現在住んでいる家、過去に住んでいた家、これから住む可能性のある家を「居住用不動産」と呼びますが、この居住用不動産を売却する際は家庭裁判所の許可を得ることが必要となります。
成年後見制度を利用する際の注意点
成年後見制度を利用する場合は、いくつか注意点もあるので理解しておきましょう。まず不動産の売却目的で成年後見制度を開始し、無事に売却が済んだとしても制度の利用を途中でやめることはできません。制度上は本人の判断能力が回復すればやめることができるとされていますが、実際は認知症が回復する事例はほぼないと考えられています。
また成年後見開始の審判を受けた人は株式会社の役員や公務員の地位を失うこと、医師、税理士等の資格を放棄しなければならないことにも注意です。
加えて、成年後見人を選定すると報酬発生がします。親族の場合はその本人が報酬を請求しなければ無償になりますが、請求された場合は報酬の支払いが必要になります。
報酬額はどれくらいになりますか?
報酬額は家庭裁判所の判断にもなりますが、目安は月額2~6万円とされています。これらの注意点も踏まえて、制度の利用を検討するようにしましょう。
認知症になった場合の不動産を売却する流れ
成年後見制度開始の審判申立て
では実際に、認知症になった場合の売却するまでの流れを見ていきましょう。
まずは本人の所在地を管轄する家庭裁判所に「成年後見開始」の審判を申立てます。申立てを行うことができるのは、本人、配偶者、四親等内の親族、検察官などです。申立てが受理されると審理が開始し、調査官によって本人、申立人、後見人候補者に事情聴取が行われます。
必要に応じて医師の鑑定
このプロセスの中で、もしも家庭裁判所により「医師による鑑定が必要」と判断された場合、本人の意思能力の程度を確認するための鑑定も必要になります。
法定後見人の選定
鑑定手続きや候補者の適格性の調査などを経て、ふさわしい法定後見人が選定されると成年後見が開始されます。家庭裁判所によって法定後見の登記が行われると、正式に法定後見人としてすべての代理行為ができるようになります。
申立てから開始まで、どれくらいかかるものですか?
通常、申立てから1~2ヵ月の間には開始されます。
不動産会社と媒介契約を結び不動産を売り出す
後見が開始することで成年後見人は本人の代理として不動産売却を行うことが可能になります。成年後見人は不動産売却のために不動産会社を選び出し、売却を依頼するための「仲介媒介契約」を結びます。
売却の際の注意点として早期の売却などを目的に相場よりも極端な安値で売り出すことなどは本人の不利益とされるため認められないことがあります。不動産業者によって査定額にも差が出てくるので、さまざまな業者を比較してみることが大切といえます。
居住用不動産の場合は裁判所の許可が必要
居住用不動産の売却を行う場合、まずは裁判所へ「居住用不動産処分許可申立書」を提出します。さらに申立書の他に「不動産の全部事項証明書」「不動産売買契約書の案」「固定資産評価証明書」「不動産業者作成の査定書」を添付しなければなりません。
買主と売買契約を結ぶ
買主が決まれば正式に売買契約を結ぶことができますが、この際にも家庭裁判所の許可が必要になります。家庭裁判所の許可が下りたら売買契約を締結しましょう。契約の際は基本的には法定代理人と買主が不動産会社などに集まり、契約を交わすのが一般的です。
決済と引渡し
無事に契約が締結したら法定後見人、買主、不動産会社、司法書士が金融機関などに集結し決済を行います。買主から売買代金を受領後、不動産を引き渡し、決済当日に司法書士が法務局で所有権移転登記の手続きを行えば売却完了です。
まとめ
もしも不動産の所有者である親が認知症を発症した場合、本人のみの判断で不動産売却が認められないことがあるため、本人以外が売却を進められる「成年後見制度」はとても有効な制度です。
成年後見制度は家庭裁判所の許可を必要としたり、利用するための一定の注意点はあるものの、上手に活用することができれば被後見人の利益を守っていくことができる頼もしい制度になります。
この制度を利用すれば問題を解決できそうですね。
はい。ただ、もしものときに困らないためにも、親が不動産を所有している場合は早めに売却や贈与について検討することや、親族同士で事前に話し合うといった対策をしておくことも大切でしょう。