- 賃貸で立ち入り拒否はできず、借主が拒否しても部屋の修繕は可能
- 家主が修繕を拒否することはできるのか解説
- 借主のプライバシーを考慮するとしっかりした交渉が必須
賃貸借契約において、賃借人の賃借権というのは手厚く保護されています。たとえ物件の所有者(家主、賃貸人)であっても賃借人の承諾なく物件内に立ち入ることができないのが原則です。
しかし、物件の修繕等の必要性がある場合にも一切立入が認められないのでしょうか。修繕の必要性があるにも関わらず、家主が修繕を拒否した場合場合はどうすれば良いか、弁護士の視点で法律的に解説します。
賃貸で立ち入り拒否はできるのか
賃貸契約において、入居者は特定の期間内であっても、所有者や管理者の事前の許可なしに無断で物件に立ち入ることはできません。このような行為は、プライバシーの侵害や不法侵入と見なされ、法的な問題を引き起こす可能性があります。
所有者や管理者が立ち入る必要がある場合でも、通常は事前に入居者に通知し、合意を得る必要があります。ただし、緊急の修理や安全上の懸念がある場合など、一定の例外が存在することもありますが、これらも法的な基準に基づいて行われるべきです。
家主が修繕を拒否した場合
前述のパターンとは逆に、賃借人から修繕の依頼があった場合に家主はそれを拒否することが出来るのでしょうか。
賃貸借契約において、賃借人は賃料を支払い、物件を賃借の用法を守って使用すべき義務があります。
これに対して、賃貸人(家主)には、賃借人が物件を賃貸目的通りに使用できるように努めるべき義務があります。民法606条1項では、「賃貸人は、賃借物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う」と定められています。
賃貸人が負う修繕義務とは、具体的にはどのようなものですか?
例えば、物件が雨漏りをしている場合などが考えられます。雨漏りしている場合には、賃貸人は雨漏りしないように天井を修繕する義務を負います。
賃貸人は、どんな場合でも修繕義務を負うのですか?
そんなことはありません。賃借人が自分の過失で物件を傷つけてしまった場合には修繕義務を負いません。このことは平成29年(2017年)に改正された民法606条1項但書において、「ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときはこの限りでない」として明文化されています。
また、ちょっとした壁紙の破損など、物件の使用に特段の支障をきたさないものについては、賃貸人は直ちに修繕義務を負うものではないと解されています。
平成29年(2017年)の改正前の民法では606条1項は「賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う」とだけ定められていて、但書はありませんでした。
しかし、法律の解釈論において、賃借人の過失で物件に損傷が生じた場合にも賃貸人が修繕義務を負うのは不合理であるとされ、裁判例でもそうした場合には賃貸人の義務を認めないとされてきました。
このような事情を踏まえて、平成29年の改正民法では、606条1項に但書が追加され、賃借人の責めに帰すべき事由により生じたものについては、賃貸人は修繕義務を負わないということが明文化されました。また、賃貸人の修繕義務は、賃借人に物件を使用させる義務の中の一つですので、物件の使用に支障のない破損についてまで、すぐに修繕すべき義務はないとされています。
賃貸人の義務と言われると、賃貸人としては義務を課されていて厳しい印象を受けてしまいます。賃貸人としては、修繕の必要がないか常に見張っておく必要があるのでしょうか。
そんなことはありません。民法606条1項では、「義務を負う」とされていますが、これは裏を返すと賃貸人には修繕する権利があるということを示しています。同条2項では、「賃貸人が賃貸物件の保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人は、これを拒むことができない」としていて、賃貸人が修繕しようとするときは賃借人は拒否できないとされています。
もちろん、賃貸人には賃借物件に修繕すべきものが生じていないか見張っておく義務などは存在しません。通常通りに定期点検を実施し、その他は賃借人から連絡を受けて対応するということで足ります。
賃貸人が負う修繕義務とは厳しいものではありません。むしろ、民法606条は、賃貸人には賃借人の意思に反しても修繕を行うことができる権利を定めたものであるとも言えます。
実態としては、基本的には賃借人から連絡がない限りは賃貸人が行うべきことはありません。
物件がマンションである場合には、管理組合による定期点検が実施されているでしょうから、それ以上に賃貸人において修繕する必要がないか常に監督する義務はないのです。
借主が拒否しても部屋の修繕は可能
物件の修繕の必要がある場合には、賃借人(借主)が拒否していても修繕できるのですか?
借主が拒否していても修繕は可能です。修繕の必要があるのに修繕しないまま放置してしまうと、物件の経済的価値が損なわれてしまいます。賃貸人としては、物件の価値が損なわれないように物件を修繕する権利があります。民法606条2項では、借主は修繕を拒めないことが明確に定められています。
賃貸物件は、賃貸人(所有者)にとって、当然ながら大切な不動産ですから、資産価値を維持したいはずです。修繕の必要がある場合には直ちに修繕して物件の資産価値を守りたいところでしょう。民法606条は、このような賃貸人の期待を保護するために修繕する権利を認めた側面もあると解されており、賃借人は同条2項によって、修繕を拒否することはできません。
契約書に定めがなくても実行できる
賃貸借契約書には「賃貸人は、物件の保存のために必要な場合は、物件内に立ち入ることができる」と定められていることがありますが、契約書にこうした定めがなくても修繕は行えるのですか?
契約書に定めがなくても行えます。もちろん、契約書に定めていれば、契約に基づいて修繕を行うことができますが、定めていなくても、民法で賃貸人に認められた権利ですので、実行することができます。
民法606条第2項「保存に必要な行為」とは
借主が拒否できないとされる民法606条2項の「保存に必要な行為」とはどのようなものですか?
物件を通常通りに使用できるように維持する行為全般が含まれています。先に挙げた雨漏りなどのように必要な修繕はもちろん含まれますし、その他にも消防設備や排水溝の定期点検等も含まれます。
民法606条2項で借主は、賃貸人が保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人はこれを拒むことができないと定められています。この保存に必要な行為には物件の破損個所の修繕等のほか、定期点検等の保守管理に関する行為も含まれます。
実際に裁判例では、賃貸人が消防設備の定期点検のための物件内に立入ることを賃借人が拒否してはいけないと命じた判決もあります。
借主の「認容義務」
保存に必要な行為について賃借人が拒否できないとすれば、賃貸人としては修繕を強行しても良いのでしょうか?
法律的にはそのように考えることもできますが、賃借人に無断で強行してしまうと、賃借人の居住権、プライバシー権を侵害したとして損害賠償請求されることも想定されます。賃借人は法律上拒むことはできないということを賃借人に伝えて、話し合いをして修繕を行ったほうが良いでしょう。
民法606条2項では、賃借人は、賃貸人の保存行為を拒否できないと定められています。したがって、賃借人には保存行為を認容すべき義務を負っています。ただ、他方で、賃借人の物件の居住権や物件内に勝手に立ち入られないというプライバシーも法律上保護されています。
賃借人が拒否できないからと言って、賃貸人が賃借人に何も告げずに無断で修繕を実行することは、こうした賃借人のプライバシー等を侵害したものとして、損害賠償の対象となりかねません。
過去の裁判例では、物件内のクーラーの修繕するために、賃貸人側が賃借人と修繕を行う予定を合意した日とは別の日に賃借人に無断で物件内に入り、クーラーの修繕を行ったという事案において、無断の物件内への立入でプライバシーを侵害したとして、3万円の損害賠償を命じられたものがあります。
借主が頑なに立ち入りを拒んだら
賃貸人には物件を修繕できる権利があり、借主はこれを拒否できません。他方、借主にもプライバシーがあり、修繕のために必要であったとしても賃借人に無断で物件内に立ち入ることはリスクがあります。
したがって賃貸人としては、修繕を実行できるように賃借人と協議したほうが良いです。ただ、協議しても借主が頑なに立ち入りを拒否した場合はどのように対応すれば良いのでしょうか。
判決を得て立ち入ることもできる
借主が修繕のための立ち入りに応じてくれない場合にはどうしたらいいですか?
先に述べましたように、無断で強行することはプライバシー侵害を言われたりするリスクがあります。このような場合には、裁判所で訴訟を起こして、判決を得て行うという方法が考えられます。
借主が頑なに立ち入りを拒否する場合、裁判所で判決を得て修繕を行うという方法が得策です。
過去の裁判例において、点検を拒否する借主に対して、「借主は、賃貸人が建物において現況調査を行うことを妨害してはならない」と命じた判決があります。
借主が立ち入りを拒否する場合には、裁判手続によって行うことも検討したほうが良いでしょう。
借主との契約を解除することができる
借主がどうしても立入に応じてくれない場合に、契約を解除することはできますか?
契約解除も可能です。物件の修繕を行うことは、物件の経済的価値を維持するために賃貸人に認められた権利という側面があります。賃貸人が修繕の必要性を伝えて、修繕のために立ち入りを求めているのに、頑なに借主がこれを拒否した場合には、信頼関係が損なわれたものとして契約解除を求めることができます。
賃貸借契約においては、判例法理上、契約当事者間の信頼関係が損なわれた場合には契約解除ができるとされています。物件の修繕は、賃貸人にとっては賃借人に使用させる義務の一つとしての側面の他に、物件の経済的価値を維持するための権利という側面があります。
また、修繕のための立入は、民法606条2項により、賃借人は拒否できません。賃貸人の正当な権利行使を、賃借人が正当な理由なく頑なに拒否した場合には、賃借人は民法に違反する行為を行っていることになり、賃借人の債務不履行にあたり、頑なに拒否している場合には賃貸借契約を維持するための信頼関係が損なわれたものと評価されます。このような場合には賃貸借契約を解除することができます。
契約解除までの流れ
借主との契約を解除するにはどうすればよいでしょうか?
最終的には契約解除通知の文書を送ることになります。ただ、修繕のための立入を拒否したことによる契約解除においては、賃借人の立入拒否に正当な理由がないことが必要となりますので、その根拠として、修繕の必要性が判明してからの交渉状況、賃貸人からの申し入れの内容とこれに対する賃借人の対応などを記録しておいたほうが良いでしょう。
賃貸借契約を解除するには、賃借人の債務不履行と信頼関係の破壊が必要となります。
まとめ
賃貸物件の修繕は、賃貸人の権利として行うことができます。賃借人はこれを拒むことはできません。かといって、無断で修繕を強行してしまうことは賃借人のプライシー侵害にあたるリスクもありますので、まずはしっかりと賃借人と交渉しましょう。